離職を防ぐために:上司の聴く力と第三者相談の重要性

どうしたら、もっと社員が長く安心して働ける職場になるんだろう?

もっと社員にいきいきと働いてほしい、優秀な人材が離れていくのを防ぎたい、そんな思いは多くの管理職者さんや経営者さんが感じていることでしょう。従業員にとって、職場での安心感や満足度に大きく影響する要素は「話を聴いてもらうこと」です。

上司が部下の話に耳を傾け、しっかりとサポートすることで、従業員は「自分の声が届いている」と感じ、職場への満足感が高まります。でも、どんなに上司が話を聴くのが得意でも、すべての悩みや問題を上司に相談するのが最善とは限りません。特に、ネガティブな感情や深い悩みがある場合、利害関係のない第三者に話をする方が、従業員にとっては安心です。

この記事では、上司の聴く力が職場に与える良い影響と、その限界について考え、離職率を下げるために第三者相談の重要性をお伝えします。

目次

ジョブディマンド – コントロール – サポートモデルの観点から見た上司の役割

従業員のストレス・離職率・職場満足度を理解するために、ジョブディマンドコントロールサポートモデル(JDCSモデル)が役立ちます。JDCSモデルは、1988年にJohnson & Hallによって提唱され、仕事の要求(Demand)、自由度や裁量(Control)、およびサポート(Support)の3つの要素が従業員のストレスや健康に与える影響を説明します。このモデルは、厚生労働省の推奨するストレスチェックの基礎となっているモデルでもあり、特に従業員が仕事で高い要求が課せられている場合に、上司からのサポートがそのストレスをどのように緩和するかを示しています。

Luchman と González-Morales (2013)は、JDCSモデルに基づいた106の研究のレビューを行い、JDCSモデルの有効性を示しました。特に、上司からのサポートが従業員の心理的負担を減らすことが示されています。また、自由度や裁量とサポートの相互関係が、従業員のウェルビーイングにポジティブな影響を与えることも明らかにされています。

このような観点から、上司が積極的に部下をサポートし、彼らに適切な自由度や裁量を提供することは、職場のストレスを軽減し、従業員の健康を保つために極めて重要です。

上司が聴くスキルを持つことの心理的メリット

上司が積極的に部下をサポートし、彼らに適切な自由度や裁量を提供する上で欠かせないのが、上司が聴くスキルです。上司が「聴くスキル」を持つことは、従業員に多くの心理的メリットをもたらします。Klugerら(2023)は聴くことに関する122の研究論文をメタ分析し、上司が部下の話を丁寧に聴くことで、以下のようなポジティブな効果があることを明らかにしました。

1. 関係の質の向上

上司が部下の話に真剣に耳を傾けると、部下は「自分は上司から信頼されている」「自分の意見が尊重されている」と感じるようになります。このような「聴かれている」という感覚が、上司と部下の間の信頼関係を深め、職場での関係の質を向上させます。良好な関係性は、職場全体の雰囲気を良くし、仕事のパフォーマンスにもプラスの影響を与えることが知られています。

2. ネガティブな感情の軽減と感情の安定

上司が部下の話をしっかりと聴くことで、部下は自分が大切にされていると感じ、安心感を得ることができます。これにより、ネガティブな感情が生じにくくなり、ストレスや不安を感じるリスクが減ります。ネガティブな感情が抑えられることで、感情の安定がもたらされ、従業員はより落ち着いて仕事に取り組むことができるようになります。感情が安定することは、仕事への集中力やパフォーマンスを向上させるだけでなく、職場全体の生産性にも貢献します。

3. 認知機能の向上

また、上司が話を聴く姿勢を示すことで、部下は自分の考えを整理しやすくなり、自己理解が深まります。このプロセスは、部下の問題解決能力や創造性を高める効果があり、結果として仕事の質が向上します。さらに、聴くスキルが高い上司との対話は、部下が自分の仕事に対する自信を持つきっかけとなり、より積極的に業務に取り組む姿勢を促します。

このように、上司が聴くスキルを持つことは、部下の心理的な安定と成長を支える重要な要素です。しかし、どれだけ聴くスキルが高くても、従業員が抱えるすべての問題や悩みを上司に相談するのが最適とは限りません。次のセクションでは、ネガティブな感情や深刻な問題が発生した際に、上司以外の第三者に相談することの重要性について詳しく説明します。

多重関係のリスク

職場で従業員がネガティブな気分に陥ったとき、上司に相談することが必ずしも最善の選択肢とは限りません。その背景には、「多重関係(Dual Role Relationships)」がもたらすリスクがあります。この概念は、1988年にKitchenerが論文で提唱したもので、特にメンタルヘルスの分野における倫理的な問題として広く議論されています。

多重関係とは、同一の人が複数の異なる役割を持つことにより、期待や責任が衝突する状況を指します。たとえば、上司が同時に部下の評価者の役割を持つと同時に、カウンセラー的にネガティブな気持ちを和らげる役割も果たす場合、これら2つの役割が競合し、客観性が失われるリスクが高まります。Kitchenerの研究によれば、複数の役割の期待が互いに不整合であるほど、その関係は有害になる可能性が高まります。特に、権力の非対称性が存在する上司と部下の関係では、「本音を言ったら評価が下げられるかもしれない」「苦手だと言ったら次のやりたい仕事を任せてもらえなくなるかもしれない」等の考えが浮かびやすく、部下が自分の本音を話しづらくなる可能性があります。

秘密が守られないリスク

さらに、ネガティブな相談内容についての秘密が守られないリスクも存在します。利害関係者はもちろんのこと、そうでない人にも相談内容は知られたくないと多くの相談者は考えます。カウンセリングにおいて守秘義務が重要であることはよく知られていることですが、それは単にカウンセラーの倫理の問題にとどまらず、相談者が秘密が保たれると確信できるかどうかが、実際にカウンセリングを受けに行くかどうかの決断を左右することがインタビュー研究で示されています(Athanasiades, 2008)。職場において従業員は自分の話が漏れるリスクを避けるために、上司に相談するよりも、秘密保持が厳密に守られる第三者に相談することを望む場合が多いのです。

なぜ第三者への相談が重要か?

このようなリスクを避けるため、ネガティブな感情や深刻な問題が発生した際には、利害関係のない第三者(例:EAPサービスや外部のアクティブリスニング、カウンセリング、コーチング等のサービス)に相談することが推奨されます。第三者であれば、従業員は評価や昇進に影響する懸念を持たずに、自分の感情や問題を安心して話すことができます。

また、外部の専門家は、特定の職場の文化や権力構造に影響されず、純粋にクライアントの利益を最優先に考えることができるため、最大限に良い聴き方に徹することができます。

さらに、従業員の心の安定にとって、他愛のないことについて話すことも重要です。小さなネガティブな感情を聴いてもらってスッキリしたり、些細なポジティブな出来事を話して喜びに共感してもらって幸福感を感じたりするということが精神状態を良くすることは多くの人にとって感覚的に理解できることだと思いますが、感情を共有することは神経科学的にも良い影響があることが示されています(Wagner, et al., 2015)。しかし、多忙な上司に対してその様な話を頻繁に持ちかけることは簡単ではありません。一方聴くことを専門とする第三者であれば、相手に気兼ねすることなくその様な話をすることが可能です。

このように、上司のサポートは重要ですが、多重関係のリスクを避け、話の秘密が確実に守られ、気兼ねなく喋れる第三者への相談が、従業員のメンタルヘルスを守るために不可欠です。

まとめと提言

上司の聴くスキルは、職場において従業員のストレス増加を防止し、職場満足度を高めるために重要な要素です。しかし、上司に聴いてもらうことが最善策とは限らないことも理解しておく必要があります。特に、ネガティブな感情や深刻な問題に直面した際には、利害関係のない第三者に相談することが従業員にとって最も安心で効果的な解決策となります。

大雑把な言い方をすれば、上司の聴くスキルを上げることは、ネガティブな感情を作らないために重要であり、第三者に話を聴いてもらうことはネガティブを緩和する、あるいは、ポジティブな感情を作るために重要であるという言い方もできるでしょう。

そのため、企業は上司の聴くスキルを向上させる取り組みを行うとともに、EAPサービス等の利用を推奨し、従業員が気軽に話を聴いてもらう環境を整えることが重要です。

藤田大樹(ふじた だいじゅ)

参考文献

Athanasiades, C., Winthrop, A., & Gough, B. (2008). Factors affecting self-referral to counselling services in the workplace: a qualitative study. British Journal of Guidance & Counselling, 36(3), 257-276. https://doi.org/10.1080/03069880802088937

Johnson, J. V., & Hall, E. M. (1988). Job strain, work place social support, and cardiovascular disease: a cross-sectional study of a random sample of the Swedish working population. AM J PUBLIC HEALTH, 78(10), 1336-1342. https://doi.org/10.2105/AJPH.78.10.1336

Kitchener, K. S. (1988). Dual role relationships: What makes them so problematic? Journal of Counseling & Development, 67(4), 217-221. https://doi.org/10.1002/j.1556-6676.1988.tb02586.x

Kluger, A. N., Lehmann, M., Aguinis, H., Itzchakov, G., Gordoni, G., Zyberaj, J., & Bakaç, C. (2023). A Meta-analytic Systematic Review and Theory of the Effects of Perceived Listening on Work Outcomes. Journal of Business and Psychology. https://doi.org/10.1007/s10869-023-09897-5

Luchman, J. N., & González-Morales, M. G. (2013). Demands, Control, and Support: A Meta-Analytic Review of Work Characteristics Interrelationships. J OCCUP HEALTH PSYCH, 18(1), 37-52. https://doi.org/10.1037/a0030541

Wagner, U., Galli, L., Schott, B. H., Wold, A., Van Der Schalk, J., Manstead, A. S. R., Scherer, K., & Walter, H. (2015). Beautiful friendship: Social sharing of emotions improves subjective feelings and activates the neural reward circuitry. SOC COGN AFFECT NEUR, 10(6), 801-808. https://doi.org/10.1093/scan/nsu121

藤田大樹プロフィール

1982年、北海道札幌市出身。京都大学総合人間学部、名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻を経て、IT企業に就職。エンジニアとして先端技術のシミュレーション研究開発プロジェクトにアサインされるも、心の健康を害し、離職。カウンセラーと出会い、回復したことをきっかけに、心理学の分野に興味をもつ。表層化された課題を解決するだけではなく、本質的な問題を解決し幸せになって欲しいと願うようになり、ICF(国際コーチ連盟)プロフェッショナル認定コーチ、EAPメンタルヘルスカウンセラーの資格を取得し、エグゼクティブ・コーチとして独立。多くの経営者らの伴走支援をする中で、Livelyと出会い、意気投合し、研究開発チームのリーダーとしてLivelyに参画する。現在は英国のストラスクライド大学大学院で、心理学を学び、事業に活かしている。

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この記事を書いた人

藤田大樹のアバター 藤田大樹 株式会社Lively CRO 研究開発チーム責任者

1982年、北海道札幌市出身。京都大学総合人間学部、名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻を経て、IT企業に就職。エンジニアとして先端技術のシミュレーション研究開発プロジェクトにアサインされるも、心の健康を害し、離職。カウンセラーと出会い、回復したことをきっかけに、心理学の分野に興味をもつ。表層化された課題を解決するだけではなく、本質的な問題を解決し幸せになって欲しいと願うようになり、ICF(国際コーチ連盟)プロフェッショナル認定コーチ、EAPメンタルヘルスカウンセラーの資格を取得し、エグゼクティブ・コーチとして独立。多くの経営者らの伴走支援をする中で、Livelyと出会い、意気投合し、研究開発チームのリーダーとしてLivelyに参画する。現在は英国のストラスクライド大学大学院で、心理学を学び、事業に活かしている。

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